tumblr365n1

春秋に義戦なし。彼、此より善きは則ち之あり。 - 『孟子』
ここはお一人様用Public Groupです。普段はこちらを使用:as365n2.tumblr.com
~ Saturday, February 16 ~
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リブログは創造的

hetaru:

as365n1:

hetaru:

※この文でのリブログは無断転載ではなく引用をさします

本を読む、読み終わるころには
ページには付箋が付き、文章にはボールペンで線が引かれている。
貴方も同じ本を読んでるのかい、でも付箋の数、引いた線の数全く違うね。

読み始める前はみんな一冊の本だけど、
読み終わるとみんな別の本になっている。

既存の本に付箋を貼り付けただけなのに
百人読めば新しい百冊の本が出来る

これはね創造的って言っていい


リブログも同じ
ウェブに流れる厖大な情報の中からこれだと思う物を拾い上げる
ウェブの文章も読み手が違ければ、そこから切り取る文章も違う

tumblrの面白さはこの切り取りすることにある
著者が一番伝えたいことを、自分が一番感動したことを
齟齬が発生しないように、多すぎず少なすぎず最適な量で切り取る

全文転載なんて品の無いことはしない。全文転載には多義性はないから。

厖大な情報の中から、自分が必要な情報を探し出し、必要な部分だけを切りとる
これほど情報リテラシー能力を試される行為はリブログ以外に存在しない


リブログしよう
そしてDashboardに流れる脈動を感じ取って欲しい

「引用」ってのは、著作権法にいう引用だったり、もっと広範囲なものを含む引用だったり、Tumblr上の”Quote”だったり、どうとでも取れるなあ。それが「多義性」というものなんでしょうけども。

「全文転載には多義性はない」のところが、ちょっと文意を取りかねているのだけど、http://anond.hatelabo.jp/20080121052652 のようなものの逆、と理解してよろしいんでしょうか。「多義的」解釈をされてしまうと、朝日記者のように切り貼りして情報操作 ということにもなってしまうということですよね?

多義的で「都合の良い解釈が可能」な(部分的)引用と、多義性はないけども誤解も生じない“下品”な「全文コピペ」とでは、どちらが良いとお考えなのでしょうか。


多義的は「都合の良い解釈が可能」なこと?

アホか

何も考えず自分のtumblrで無断転載しながら

打開策を模索していたタンブララーたちを叩いているas365n1は言うことが違うね

どこを切り取るかが多義的といってるの。

齟齬を発生させることを多義的とは言ってないよ

同じ文章から文字を引用しようとすると全員が同じ所を選ぶわけではないよね

だから多義的。だから創造的

全文転載は誰が引用しても同じ所(全部)を選ぶから

多義的では無い。だから創造的ではないよ

齟齬が発生するかしないかで引用の質が決まるのよ 

齟齬が発生しないのが綺麗な引用で

切り取った文章の解釈を意図的に齟齬が発生するようにするのであれば

それは明らかに情報操作

必要であれば全文転載せざるをえない場合もあるよね

例えば俳句は5・7・5全部引用しないと意味が伝わらないよね

だから全文転載は下品ではないよ。

ここは引用を最大限に楽しむtumblrだからさ

全文転載だと芸がないじゃん って書いただけ

引用は技術。全文転載は手段。

了解いたしました。http://tumblr.g.hatena.ne.jp/as365n2/20080216

Tags: hetaru
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リブログは創造的

hetaru:

※この文でのリブログは無断転載ではなく引用をさします

本を読む、読み終わるころには
ページには付箋が付き、文章にはボールペンで線が引かれている。
貴方も同じ本を読んでるのかい、でも付箋の数、引いた線の数全く違うね。

読み始める前はみんな一冊の本だけど、
読み終わるとみんな別の本になっている。

既存の本に付箋を貼り付けただけなのに
百人読めば新しい百冊の本が出来る

これはね創造的って言っていい


リブログも同じ
ウェブに流れる厖大な情報の中からこれだと思う物を拾い上げる
ウェブの文章も読み手が違ければ、そこから切り取る文章も違う

tumblrの面白さはこの切り取りすることにある
著者が一番伝えたいことを、自分が一番感動したことを
齟齬が発生しないように、多すぎず少なすぎず最適な量で切り取る

全文転載なんて品の無いことはしない。全文転載には多義性はないから。

厖大な情報の中から、自分が必要な情報を探し出し、必要な部分だけを切りとる
これほど情報リテラシー能力を試される行為はリブログ以外に存在しない


リブログしよう
そしてDashboardに流れる脈動を感じ取って欲しい

「引用」ってのは、著作権法にいう引用だったり、もっと広範囲なものを含む引用だったり、Tumblr上の”Quote”だったり、どうとでも取れるなあ。それが「多義性」というものなんでしょうけども。

「全文転載には多義性はない」のところが、ちょっと文意を取りかねているのだけど、http://anond.hatelabo.jp/20080121052652 のようなものの逆、と理解してよろしいんでしょうか。「多義的」解釈をされてしまうと、朝日記者のように切り貼りして情報操作 ということにもなってしまうということですよね?

多義的で「都合の良い解釈が可能」な(部分的)引用と、多義性はないけども誤解も生じない“下品”な「全文コピペ」とでは、どちらが良いとお考えなのでしょうか。

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sag:

hetaru:

そんなわけでtumblr辞めますね。バイバイ 

まだあなたには、初音ミク専用たんぶらの全記事をしっかりと消去するお仕事が残ってるよ。どうやって記事を消したのか知らないけど、ArchiveやRSSには全部残ってるよ。消えてないよ。

確か、全消去用のPerlスクリプトがあったはず。

Tags: hetaru
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~ Friday, February 15 ~
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CCのライセンス表示があれば可……ということにしていたのですが、最近は「Blog This」のボタンが非表示になっていなければポストしてしまうことが多くなりました。

ルール - tumblr日記@as365n2 - たんぶら部 - Tumblove -

tumblrの記事をハテブに転載してるヤツはコイツか。転載してもらっても構わないですけど

これは何だ。flickrのようにしっかりとライセンスが書かれていたらオイラだってリブログしないぞ

いけないタンブラらーだな。 

(via hetaru)

ほんとですね、困った人がいたものです。

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hetaru:

ネットに、コピーされて困る物を置いている人はまずいない
だから自由に使ってもいいんじゃないかと書いたけど
もちろんフェアユース的な意味で使ってもいいんじゃないかなという意味ですよ

ネットに公開するならCC適応させるのが最低限のマナーだろとは思ってましたけど
「著作権なんて関係ねぇ」とは思ってないです


オイラにもリブログの基準があって
権利者に敬意を払うようにしてました

リブログの際は必ず転載先を明記していましたし、
転載先が分らない場合にはローカルに保存して転載先が分るまでリブログしませんでした

右クリックを禁止にしていたり、mixiやpixiv等で閲覧制限をかけて
明らかに無断転載禁止を明記しているサイトからはリブログしませんでした
当たり前ですけど

削除依頼が来ない様に黙認される範囲でのリブログをしていましたし
削除依頼がきた時は削除するなどの対処はしてました

以上の点を気をつければ
フェアユース的にはこのくらいは許されるのではないかなと甘い考えがありました

ハテブでコメントされてやっと気がついたのは
相手の気持ちを全く考えていなかったわけでは無いけれど
リブログの判断基準が相手ではなく、自分の勝手な基準だったということですね
非常に反省してます


この前のポストが問題になっているようですけど
もちろん、一度問題が起きてからは転載OKの記述がないサイトからは転載しないようにはしてましたよ
tumblrの良くないところはtumblrにポジティブな意見を書くと
無断転載厨にしか見えないところかなぁと
Tags: hetaru
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