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春秋に義戦なし。彼、此より善きは則ち之あり。 - 『孟子』
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~ Saturday, February 16 ~
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リブログは創造的

hetaru:

※この文でのリブログは無断転載ではなく引用をさします

本を読む、読み終わるころには
ページには付箋が付き、文章にはボールペンで線が引かれている。
貴方も同じ本を読んでるのかい、でも付箋の数、引いた線の数全く違うね。

読み始める前はみんな一冊の本だけど、
読み終わるとみんな別の本になっている。

既存の本に付箋を貼り付けただけなのに
百人読めば新しい百冊の本が出来る

これはね創造的って言っていい


リブログも同じ
ウェブに流れる厖大な情報の中からこれだと思う物を拾い上げる
ウェブの文章も読み手が違ければ、そこから切り取る文章も違う

tumblrの面白さはこの切り取りすることにある
著者が一番伝えたいことを、自分が一番感動したことを
齟齬が発生しないように、多すぎず少なすぎず最適な量で切り取る

全文転載なんて品の無いことはしない。全文転載には多義性はないから。

厖大な情報の中から、自分が必要な情報を探し出し、必要な部分だけを切りとる
これほど情報リテラシー能力を試される行為はリブログ以外に存在しない


リブログしよう
そしてDashboardに流れる脈動を感じ取って欲しい

「引用」ってのは、著作権法にいう引用だったり、もっと広範囲なものを含む引用だったり、Tumblr上の”Quote”だったり、どうとでも取れるなあ。それが「多義性」というものなんでしょうけども。

「全文転載には多義性はない」のところが、ちょっと文意を取りかねているのだけど、http://anond.hatelabo.jp/20080121052652 のようなものの逆、と理解してよろしいんでしょうか。「多義的」解釈をされてしまうと、朝日記者のように切り貼りして情報操作 ということにもなってしまうということですよね?

多義的で「都合の良い解釈が可能」な(部分的)引用と、多義性はないけども誤解も生じない“下品”な「全文コピペ」とでは、どちらが良いとお考えなのでしょうか。

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