リブログは創造的
※この文でのリブログは無断転載ではなく引用をさします
本を読む、読み終わるころには
ページには付箋が付き、文章にはボールペンで線が引かれている。
貴方も同じ本を読んでるのかい、でも付箋の数、引いた線の数全く違うね。
読み始める前はみんな一冊の本だけど、
読み終わるとみんな別の本になっている。
既存の本に付箋を貼り付けただけなのに
百人読めば新しい百冊の本が出来る
これはね創造的って言っていい
リブログも同じ
ウェブに流れる厖大な情報の中からこれだと思う物を拾い上げる
ウェブの文章も読み手が違ければ、そこから切り取る文章も違う
tumblrの面白さはこの切り取りすることにある
著者が一番伝えたいことを、自分が一番感動したことを
齟齬が発生しないように、多すぎず少なすぎず最適な量で切り取る
全文転載なんて品の無いことはしない。全文転載には多義性はないから。
厖大な情報の中から、自分が必要な情報を探し出し、必要な部分だけを切りとる
これほど情報リテラシー能力を試される行為はリブログ以外に存在しない
リブログしよう
そしてDashboardに流れる脈動を感じ取って欲しい
「引用」ってのは、著作権法にいう引用だったり、もっと広範囲なものを含む引用だったり、Tumblr上の”Quote”だったり、どうとでも取れるなあ。それが「多義性」というものなんでしょうけども。
「全文転載には多義性はない」のところが、ちょっと文意を取りかねているのだけど、http://anond.hatelabo.jp/20080121052652 のようなものの逆、と理解してよろしいんでしょうか。「多義的」解釈をされてしまうと、朝日記者のように切り貼りして情報操作
ということにもなってしまうということですよね?
多義的で「都合の良い解釈が可能」な(部分的)引用と、多義性はないけども誤解も生じない“下品”な「全文コピペ」とでは、どちらが良いとお考えなのでしょうか。
